地域のチカラで、夢をカタチに!   民主党  どうきゅう誠一郎


by seiichiro_dokyu
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去年の今頃は正月気分も無く人の集まる所へ出かけていました。いつ選挙があるかも分からず、政権交代を訴えていました。そして、年が替わり政権交代が実現したのが8月30日、それから4ヶ月、新たな年に向って時は流れています。
2010年政権交代を本格的に形にする年です。現場主義に徹し、問題解決をスピード感を伴いながら行なう年になります。身が引き締まります。
今日の延岡、冷たい風が吹いています。全国的に強い寒波に襲われて荒れ模様の元旦になりそうです。
この1年、皆さんは如何過されましたか?民主党への暖かい御支援に感謝致します。
来るべき1年が安心・安全に暮らせる年となりますようお祈り申し上げます。
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by seiichiro_dokyu | 2009-12-31 19:51

日豊線の車内

年末年始の期間地元回りを続けています。延岡で生活を始めてから1年あまりが過ぎました。議員生活を始めて痛感しているのが県都は宮崎であるという事です。各種団体や会社の本部機能の多くが宮崎市にあり、延岡と宮崎の間を行ったり来たりする事も多々ありです。先日は一日で2往復半しました。何とも非効率と思いますが、仕方ありません。日本の首都東京に各首長の皆さん始め多くの方々が陳情に行かれている現状を考えると、それにかかっているコスト(経費と時間)とその効果(B/C)を可視化の必要性を再認識しました。
今年もあと二日、来年につながる事を一つでも多くしたいと思います。
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by seiichiro_dokyu | 2009-12-30 10:02

渡辺創さん

今日の午後宮崎県庁記者クラブで行なわれた渡辺創氏の来年夏に予定されている参議院選挙立候補表明会見に同席しました。先月まで毎日新聞の政治部記者をされていた方です。記者会見のやり取りを聞きながら渡辺さんのお人柄を感じる事が出来ました。現場にこだわる政治を目指すと事、頼もしい限りです。
一年前は自分も同じ立場でした。時の流れの速さを感じます。
渡辺さんの発言にあるように初心を忘れる事無く、現場の見える政治家でありたいと思います。
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by seiichiro_dokyu | 2009-12-28 22:40

宮崎大学視察

宮崎大学を訪問させて頂きました。菅沼学長以下理事の皆さん、教育文化学部、工学部、農学部、そして医学部の部長始め夫々の専門分野で活躍されている先生方から興味あるお話を沢山聞かせて頂きました。短時間であった為、十分な話を伺う事が出来なかった事が残念です。ふるさと宮崎の人材育成、研究の拠点として宮崎大学の持つ戦略的意味を吟味しながら、再度先生方には時間を頂こうと思っています。
事業仕分けに代表される鳩山政権の予算配分について皆さん不安を持っていらっしゃるのを再認識しました。
教育の大切さ、そして人材育成から全てが始まる事は理解しているつもりです。
「後進県」宮崎の今を嘆くのではなく、一次産業の資源が満ち溢れている事のある種の運の良さに、ある種の高揚感すら持ってしまいます。
宮崎県の気候・風土は少子高齢化、温暖化など地球規模の課題や問題の解決の糸口をなるもの、これは他地域には無いもの、そして宮崎の土俵で闘えるものです。県民一人一人、そして国民一人一人が地球市民、
先導的なコスモポリタンとして張り切って毎日を過ごし、明日に向かって進む事の出来る社会システムを創造しましょう。
宮崎大学の先生方には爽快感がみなぎる知的好奇心をくすぐる刺激を頂きました。本当に有難うございました。今後とも宜しくお願い致します。
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by seiichiro_dokyu | 2009-12-26 08:41
12月9日に臨時国会が終了し、あっという間に今日は24日のクリスマス・イブ、小沢訪中団の一員として北京に行ったり、閉会中に開催されている各省庁の政策会議や質問等研究会に出たり、地元の早朝掃除会に参加したり、閉会中でも結構忙しい毎日です。
政権交代100日の今日、鳩山総理の2人の元秘書が起訴されました。自民党を始め鳩山総理の辞任を求める声もあります。「政治と金」、候補者の経験をした今、選挙のあり方を変えないとこの手の問題は尽きる事が無いと思います。現職であれば、毎日が来るべき選挙の準備をしているような感じですが、候補者である時は
本当に厳しい毎日が続きます。収入を確保しながら日常活動を続けるのは大変です。普通の仕事していると
社会への露出度は低いままです。タレント候補が求められるのは知名度故である事は皆さん御存知のとおりです。
今日は宮崎で宮崎第一ファーム山道義孝氏の天皇杯受賞祝賀会に出席させて頂きました。「あじ豚」のブランドを作り上げた功績、安全でおいしい豚肉を直接消費者に届けたいと思い、今、言われている農商工連携、1次産業の6次産業化に繋がるものがあります。
工業化の遅れた我が故郷宮崎、所得も低く「遅れている」と言われますが、これからの日本の進むべき道を考えると無限の可能性を秘めていると思いますし、可能性を可能性で終わらせる事無く、形にしていく作業を私達は進めなければなりません。
私は宮崎県の将来について3つの分野で進めるべき具体的なプランがあります。そして1次産業の活性化、6次産業化もその一つです。
一つずつシッカリと進めて行きましょう。
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by seiichiro_dokyu | 2009-12-24 23:32